2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

青空を飛ぶ鳥、ぬくもりを抱える。

原作:芥川龍之介 「詩集」より

 男の生活はますます困窮するばかりであった。
 仕事のあてもつても、もはや手段をつくしてなくなり、明日の生活さえも暗雲がただよっていた。

 まどろみのようなぬくもりの中で
 夢見心地の旅は続けられない

 男の作った詩の中に、少しずつこのフレーズを変えながらも、リフレインのように繰り返されている詩があった。
「え?本当ですか?出版してくれるんですか?」
「もちろんだよ。印税も入るし全国展開のお手伝いをさせてもらうよ。ただし、初版の本にかかる初期費用は、君が払って、売れ行き次第であとは私たちが重版していくことになるけどいいかな?」
「も、もちろんです!よろしくお願いします!」
 とある出版社から男に伝えられた話は男にとっては夢のような話だった。
 幼い頃から憧れていた出版の夢が叶い、作家デビューすることができる。男の胸は夢でふくらむばかりであった。

 まどろみのようなぬくもりの中で
 夢見心地の旅は続けられない

 生活費は底をつくことがわかっていたが、男は恋人へと頼み込み、借金すらもして資金を付け足し、製本への切符を手にした。
詩集のタイトルは『青空を飛ぶ鳥、ぬくもりを抱える。』にした。
 男は自分の詩集に自信を持っていて、奮発して五百部を印刷してもらい、店頭に自分の本が並んでいるのを見たときには、感動して舞い上がりそうだった。
「これからようやく自分の作家人生が始まるんだ」
 恋人にも意気揚々と限りなく開けていくだろう未来を語った。
 しかしその詩集を買って帰るものはほとんどいなかった。店頭で手に取られ、閉じられては元の場所に置かれていく。売れ行きに対して男はどうしてみんな自分の詩集の価値がわからないのだと、怒りをも覚えていた。
「ねえ、まともに働くことも考えて気長にいこうよ」
 恋人のその言葉に、男の苛立ちはついに爆発した。
「お前も俺の作ったものをけなすのか!」
 男の鬱憤は理性を壊して支離滅裂な感情を沸き立たせていた。
「ちがっ…そういうつもりじゃ…」
「うるさい!」
 男は恋人の気持ちも言葉も聞かない間に恋人を力いっぱい突き飛ばした。床に倒れこんだ恋人は後ろ手に体を支えながら男を見上げていたが、すぐさま男の足にすがりつき、「ごめんなさい。あなたの気持ちも知らずに…」と言っていたが、男には恋人の言葉がだんだん聞こえなくなり、すがりつく女の姿に心の鬱屈した衝動は暴れるように噴出してきた。
 男はその怒りのままに女へと襲い掛かり、嫌がり激しく抵抗する恋人の衣服を力いっぱい破きだした。
「やめて!お願い!」
 恋人の悲痛な叫びも男の猛火の前ではゴミのように灰にされてしまうだけだった。男が恋人のストッキングを、音を立てながら破り始めると、恋人は必死に男へと必死に願った。
「お願い!今日は生理なの!だから、ねえ…いやっ!いやあ!」
 はじかれたボタンがはだけ、ブラジャーが出ていて、ビニール袋のように破かれ脱がされたストッキングはパンティーとともに引きずり下ろされた。
 恋人の股間には紙ナプキンがつけられていて、血がにじんでいた。恋人は力なく抵抗を続けているが、体はだんだんとぐったりとしてきて、生理中に犯される嫌悪感と絶望感に抵抗する気力を失ってきていた。
「いや…いやよ…ああ…うう…」
 恋人の涙混じりのか弱い声にも、温情をかける気持ちすら起こらない男の姿は鬼畜そのものだった。男の心は自らを滅ぼす情念の炎に支配されて、男にとって目の前の犯している女は止められない炎を鎮めるための生贄のようなものだった。
 男が激しく突き入れるごとに女の血は飛び散った。水を手の平で打ちつけるような音と血の匂いと女の泣き声が部屋中からぬくもりを殺していった。

 まどろみのようなぬくもりの中で
 夢見心地の旅は続けられない

 床には暴れたためにすられたような血の広がりと、精液の跡がぽたりぽたりとあった。男が射精した後に、無理やり口に「汚れたから綺麗にしろ」と言われ入れられたため、恋人の口の周りは血まみれだった。
 涙を流す心の感覚すらも奪われて、恋人はぼんやりと床に捨てられたようになって天井を眺めていた。
 人と人との関わり合いの広がりが感動をもらい、与えるチャンスを生むことを伝えたかった恋人の心が冷静になってくると、悔しさのあまり泣き崩れた。
 行為が終わって外に飛び出した男の手には詩集が握られていた。外は眩しく雲ににじんでいくほどの夕焼けが広がっていた。怒りの納まらない男は自分の詩集をびりびりと破り捨てて地面に叩きつけて歩き去った。
 風一つもない穏やかな夕焼けの中で、偶然そこへ通りかかった男が破かれた詩集に気がつき丁寧に拾い上げた。
「なんてことを…本には人の思いがいっぱい詰まっているのに…お前、かわいそうなことされてしまったね。もう大丈夫だよ…」
 通りかかった男は泣いている子供を優しく抱き上げてあやすように、一枚一枚拾えるだけ拾い上げた。
 しかしそのほとんどがあまりにも細かく引きちぎられているので原文がどうなっているのか皆目見当もつかなかった。
「『青空を飛ぶ鳥、ぬくもりを抱える。』か…」
 拾い集めた言葉を男は家に帰って、つぎはぎして作ることにした。

 青空のようなぬくもりの中で
 飛ぶ鳥の旅は夢見心地

 明日の確かな夢は
 青空を飛ぶ鳥のように

「これが作者の気持ちに近いものであればいいのだが…」
 男は机の上に本を立てかけて、ずんと椅子に座り込み、つぎはぎしてできた言葉をしばらく眺めてから、自らの原稿用紙に筆を走らせた。
 その原稿用紙の横には、様々な年代からのファンレターが無数に重ねられて置かれていた。




HPメニューへ

明日は明日

 今日コウキがデートに誘ったハルミは、出会ってからずっと不機嫌だった。恋人同士の気兼ねない誘いだったが、マンネリ化を止めるお洒落気もないコウキには、暇を見つけてはハルミとどこかに出かけるくらいしか、彼女を楽しませられなかった。
 楽しいだろうと思い込んでいるのはコウキだけで、誘う場所もそれほど代わり映えがしない。食事もこじんまりした和風のお店で、そばやうどんが多く、和食の創作料理というところまでの広がりがない。連れて行く場所も、なぜか海が多い。コウキが海へと行くと、コウキばかりが喜んで、ハルミのしらけた雰囲気も感じ取らずに饒舌になる。
 ハルミはそんなコウキの姿を見ながら、とことん「女心の一つもわからない男」と心の中では冷ややかに苦笑していた。
 コウキが一方的にほれ込んで、押しに押して落としたハルミだが、それだけにハルミとの時間を大事にしようとして、楽しもうとした。ハルミが唯一楽しそうにしているのは、服とか服飾品とか少し高めのレストランとか、それらをコウキのお金で楽しんでいるときだけで、コウキが無理をするにも限界がすぐ見えるようなとこばかりで、長続きはしない。それでもコウキは彼女の顔やスタイルや時々やや斜め上に視線を向けながら何かを思うようなつれない仕草が大好きだった。今で言う、怒っているようなふりをして実は内心大好きだという「ツンデレ」タイプの人かとコウキは思っていた。
 コウキはハルミに嫌われているとはまったく思ってはいなかった。なぜなら時折応じるセックスもしっかりと濡らして最後には自分から求めだすからだ。きっと、なんだかんだいって好きに違いないとコウキは思っていた。
 日も暮れてきて、コウキは「今日もきっとハルミを楽しませられただろう」と思い、ウキウキしながら車をラブホテルへと走らせると、ハルミは重たいものを引きずるように途切れ途切れに切り出した。
「あの、さ。ホテルいくの?」
「そうだけど。都合悪かった?」
「うん。…もうやめたい」
「え?もうやめたいって?」
 「何をやめたいのだろう」と思いつつ車を走らせながらも妙に切ない不安がコウキを襲っていた。ハルミの雰囲気はコウキの冗談を飛ばすような言葉を受け付けないほどに切羽詰っているように感じた。 そのハルミから伝わってくる重苦しい雰囲気を感じるごとに、まるでじわじわと胸に広がる渋く苦しい痛みがコウキの落ち着きを奪っていった。
「もう、…降ろして。自分で帰るから。あと…さ、別れたいの」
 ハルミの言葉は、コウキが予想すらしなかった言葉だった。「えー?冗談でしょー」なんて軽口を叩こうものなら、一生後悔しそうな張り詰めた空気だった。それゆえに何も言えずに車を走らせていた。
 コウキは心の最後の強がりから、笑いながら胸の痛みにこらえていた。別れたいとはもちろん恋人の関係を解消したいということだ。認めたくないが、絶対そうだ。コウキはそれでも本当に別れたいのかを確かめたかった。
「何言ってるの。どうしてさ」
「決まってる。一緒にいてもつまらないから。サイテイ」
 くどくどと理由を説明されるよりも、短い言葉のほうがグサリと胸を刺した。「つまらないから。サイテイ」という言葉ですまされてしまうほど自分の価値はハルミにとってなかったのだと思うと泣きそうになっていた。このままアクセルを踏んで電信柱にでも突っ込みたい気分だった。ハルミと一緒に死んでしまおうかと思えるほどで、ハンドルを握っている手が震えていた。
 二の句を告げられないコウキは「わかったよ」と言って街中でハルミを車から降ろした。ゆれるハルミの髪を車の中からしがみつくように見入っていたコウキは、未練たらたらだったが、対照的に未練もなくコウキを拒むハルミの背中を、コウキは追いかけることはできなかった。
 その晩コウキは女のように泣きじゃくりながらも、枕を蹴飛ばしたり投げ飛ばしたりしながらうさばらしをしたが、気持ちが晴れることはなかった。

「それでさ、その夜眠れなくて、やっぱり彼女とうまくできるんじゃないかと思って電話かけたら、この番号は現在使われておりませんだとさ。メールもアドレスなくて返ってくるし、なにもかも切ないって」
 バーで強い酒を飲みながら、くだをまいているコウキはバーテンとマスターに散々成り行きを愚痴っていた。
「それで、びっくりしたのが、諦め切れなくて彼女のマンションに行ったら、もう引っ越したって。そこまでするのかって思ったよ。俺ってそんなにつまらない男なのかな」
 マスターはコウキの少し鬼気迫るような雰囲気を受け取り、ストーカーになるのではないかと内心思いながら、表向きは神妙そうな顔をして「人生しょうがないことってありますよ」と無難な言葉をかけて慰めていた。
「本当に大好きだったんだよ。最初で最後の惚れた女だったし。もう女なんていいわ。もう絶対恋愛しない。女なんて俺にはいらねえよ。どうでもいいわ」
 コウキがぐたりとカウンターにへたり込むと、同じくカウンターに一人で座っていた女の人が「その人はひどい人ですね」と、きりっとこちらを見つめながら言ってきた。コウキは「女の人に声をかけられた」と少々の嬉しさから顔を上げて声のしたほうへと振り向いた。
 ハルミがスレンダーだとしたらこちらの女の子はあどけなさが残るかわいい感じがした。服で隠れてよくわからないが、胸のふくらみに思わずコウキは目がいってしまった。脱ぐと手に余るほど大きいのではないかと思った。
 コウキは内心こういう子も悪くないなと、先ほどの言葉を完全に忘れて合格点をつけていた。
 女の人は、うるると瞳をにじませて、うっとうつむきながらしゃべりだした。
「私、ホストに騙されました。あんなに優しくておもしろい人だったしプレゼントもいっぱいしてくれたのに。どうして信じてしまったんだろうって思います。一生懸命私も尽くしたのに、他の女の子のことうるさくいったら、もういいって言われてそれっきり……」
 女の人が話し終えた後、一瞬長いかと思われる沈黙が流れたが、コウキは同士を得たようで安心していた。仲間がいた上に、その仲間はとてもかわいい。バーテンは二度も「しょうがない」の言葉を並べることでは済ませられず、「大変な目にあいましたね」と声をかけたが、この手の女性があふれるほど眺めてきていたので、また被害者が一人、といった冷静な目で見ていた。
 それからしばらく、お互いに別れた恋人のことで盛り上がりに盛り上がっていた。もはや誰も寄せ付けぬ、お互いの元恋人の罵詈雑言の嵐のようなもので、言葉もだんだんと酔いとともに暴力的で品がなくなってきていた。両者とも酒の杯がぐいぐいとすすみ、どれぐらい飲んだかわからぬほど、へべれけになって二人で寄りかかりながら店を出た。
 言うだけいって、心の鬱憤を晴らした二人は酔っ払いになると突っ込んだ下ネタも気にならなくなっていた。先ほどの会話の中でもエッチな話題というものが出ていたせいか、互いに露骨に話題に出している。二人で外の人ごみの中にいるにもかかわらず、陽気に笑いあいながら歩いていた。当然酔っ払っているので周囲の迷惑などおかまいなしだ。
「よし、今日は二人で慰めあうか。シックスナインで」
「うん。あたしの味わったら病み付きになるよ。あたしこう見えても凄いうまいんだから。バキュームで吸い上げちゃう」
「じゃあ俺も汁を余さず吸い上げて飲むから覚悟しろ」
「あたしに締め上げられたらどんな男だってイクんだから」
「俺だって奥まで突いてやるよ」
 冗談とも本気ともわからないまま、勢いとのりで二人の足はホテルに向かう。ホテル街に入ってくると雰囲気が変わるが、二人の陽気さはそのままでむしろ女性のほうが、「あそこがよさそう」「ここはセンス悪そう」と、どこに入るかを選んでいた。
 お互い名前も知らないまま、「ここがいいよ。ここが」と、女性の手の引かれるままにコウキはお城のような外観のホテルに入っていった。西洋の宮殿風を意識したのだろうか、部屋の中までよく行き届いて装飾が施されていて綺麗だった。屋根つきのレースで飾られたベッドは、これからの二人の淫らな行為を期待させるにはどこか高貴でアンバランスだったが、それだけに二人の興奮をあおった。王族の寝室をイメージさせるような綺麗な部屋だった。
 コウキも勢いがあって、尻込みせずに女の服を引っ剥がすように脱がしていき、女もコウキの服を剥ぎ取るようにして取っていった。やはり男のほうが脱ぐのが早い。女はブラジャーに手をかけたところで、コウキは全て脱いでいた。飛び散った自分の服を見ながらいささかフライング気味かと思ったコウキの多少の戸惑いが見えたのか、女は「ごめん。待ってね」と言いながら、早めにブラジャーを取った。その時、大きな胸がぷるんとゆれて目の前に現れ、思いもかけぬ大きさに興奮しながら眺めているコウキの視線の前で女はパンティーを脱ぎ捨てる。
 女がパンティーを脱いだのを合図にコウキが女の乳首にしゃぶりつくと、女は「待って、シャワー」と言いかけたが、間髪いれずにキスで口を塞いで女を持ち上げ、ベッドへと運び、放り投げるようにしてベッドへと寝かせ、無理やり足を両手でこじ開け秘部を吸いたてた。
「やっ、ダメ! ああんっ……汚いよ」
 女のか細く響い抵抗と、声高に響くあえぎ声の前にコウキはすでに、ぷっくりと腫れ上がった秘部のピンクの突起へと口をつけて舌で激しく舐めまわし責め立てていた。
「ダメダメダメ! そんなにしたらいっちゃう、いっちゃう、いっちゃう!」
 女の悲鳴にも似た快楽の声が部屋中に響く。体をふるわせながら女は余計に汁をしたたらせる。コウキは興奮冷めやらずに、そのまま雄々しく勃起したものを入れようとすると、女に肉茎を掴まれ、静止させられた。
「ダメ。あたしの番」
 そう言って女はコウキを押し倒し、蔓のように天へと伸びている肉茎を一気に頬張った。
 コウキは最初の感触だけで背中を激しく走り上がっていく快楽を得ていた。最初の柔らかで包みあげる感触から一気に吸い込まれながら上下される。これがバキュームかと驚くほど快感に満ちていた。
 女の吸い込みが激しく口元から卑猥な肉の振動音が響き渡る。その口の中の奮えさえも心地よく肉茎に響いてきて骨を溶かしていく。全身の血がすべて肉茎にまわり、女に溶かされた骨まで吸い取られるのではないかと思うほど夢のような感触だった。
 肉茎をしゃぶりあげて出てくる汁が口内からこぼれそうになると、すすり上げる音を立てて刺激する。口内でも混ぜ合わせる音を立てて膨張した肉茎を絞り上げていく女の責めにコウキは「ダメだ。凄い」と声をあげた。
「気に入った?」
 とろんとした目をしながら微笑む女に頷くと「もう私のもとろとろ。早く味合わせて」と肉茎を掴んだまま上に乗って自らコウキの勃起したものを秘部へと導きいれた。
「あああん……届くぅ……」
 女が腰を上下に振り出したときに、上に持ち上げられそうなくらい強い、女の秘部の吸い付きにコウキは驚いた。口淫よりも吸い付かれる感触により奮え、今までに感じたことのないほどの快感が全身を駆け巡った。
「ふふふ……どう? 凄いでしょ。いっぱい締め付けてあげる」
 先ほどの責められているときの顔とは打って変わって、女の妖艶な微笑みはコウキを圧倒した。男を喜ばすことを本能的に知っている天性の娼婦のようにも見えて、その魔女のような魔法の引力にコウキはどんどん巻き込まれ、ぐるぐると気持ちよくまわっていくようだった。
 今はただ女の腰の動きごとにくる快楽に身を任せるしかなかった。細かな膣内のひだが絡み付き、吸い付あげるようにしてうごめく。コウキは激しい責めに、もうイキそうになっていた。
「俺、こんなに感じるなんて初めてだよ。なんかピタッと合うみたいに、ああ、凄い」
「私も……なに……このぴったりくる感じ……初めて……」
 互いに言葉で表すことのできない心と肉体の磁力を感じていた。互いに欠けてしまったものが隙間なく埋まってしまったような感じを受け、充実した高まりを二人は感じ、同時に果てた。出会ったばかりなのにずっと知っていたような充実した心を感じたことで、目に見えない運命は絡まるのだった。
 互いに大きく息をしながら、優しいキスを交わして、名前を呼ぼうとしてお互いに名前を知らないことに気がついた。二人とも笑いながら名前を言い合った。
「言葉じゃないんだね。目に見えない、糸よりも強い何かなんだね」
 そう女が言うとコウキは「さっきまで何で悩んでいたんだか忘れたよ」そう言って笑い合い、酔いと疲れの眠気が最高潮に達して二人同時にまどろみの中へと深く落ちていった。何もかも忘れられるような穏やかな眠りだった。
 朝目覚めてからというもの、二人の求めは激しく、止まることを知らなかった。求めれば求めるほど自分が理解されていくような気がして、嬉しかったのだった。夕方になり、ようやく二人の空腹が愛欲よりも勝ったときに、何か食べようと言う話になった。
 外に出て、「私の行きつけのアジアンレストランがあるから、そこで何か食べようよ。おいしいんだよ」と言って女の紹介してくれた店に向かった。途中でコウキの腕に絡みつきながら、「こんなことってあるんだね。運命の出会い。今度は本当に強く感じる」と言われコウキは強く同意しながら、「もう離さないからな」と昨日から見れば調子のいいことを言っていたが、二人ともあふれんばかりの幸福に包まれていた。まるで純粋に愛だけを表現しあう熱いカップルにしか見えなかった。
 女がレストランのドアを開けると、「チリンチリン」とベルが鳴り、ドアが開いた。レストランと言ってもカウンターがあり、酒瓶もずらりと並んでいるのでバーも兼ねている印象をコウキは受けた。
 短髪の体つきのいいマスターが「いらっしゃいませ」と出てくると、「え?」と少し固まり、びっくりしたような顔をして女へと指を指してきた。
「あれ?ユカちゃん、この前男なんて絶対信じない、もう一生男なんていらないって言ってなかったっけ?」
 コウキは自分のことも忘れて「へ?」と間の抜けた顔をしながらユカへと振り向くとユカは「運命の人見つけちゃったの」と言って、エヘヘと笑った。
「ええ……でも、あんなに泣いて……」
 とマスターが唖然としながら言いかけると、すかさずユカは、大きな蓋で遮るように、
「前は前! あたしはもうコウキのことしか信じないんだから! ね? コウキ」
 そう言いながらぎゅっとコウキの腕にしがみつきながらユカは言った。コウキは照れながらも、ユカを大事にしようと思った。マスターは「次の日のことはわからんもんだね」と言いながら「ふっふっふっ」と幸せそうな二人をにやけながら見ていた。

テーマ : 官能小説
ジャンル : アダルト

一月の終わり

 私の空虚な傷跡に触れられる人はもういなかった。私はご主人様の死に顔を見ながら、涙の出ない自分に、人生で一番大事なものを、私の中の最も「生」に満ちていたものを失ってしまったのだと感じた。
 四十七歳での脳梗塞。一月のことだった。早すぎる死だったし、私たちの繋がりは途切れることはないと安心しきっていた。
 私の肌にまだ残る昨日の鞭の痛みが、全身を蝕んでいる。この痛みが消えてしまえば、ご主人様がもう私の中から、この世界からすべて消え去ってしまう気がした。
 剥き出しの傷跡こそが、ご主人様への愛の証であり、服従し陵辱されることが、私の忠誠と愛情の表現でもあった。
 もう新しい証はできない…。
 ご主人様のいない世界なんて、私にとって欠片ほどの価値もない。もはや愛情を注ぐ人もいなくなった自分に、他人なんて泥で作られた顔のない人形にしかすぎない。
 この世界はぬくもりを失って、すべてが意味のない物体の羅列のようだった。
 人々の喧騒さえもノイズに聞こえる。ネオンの光さえもナイフのように心を刺す。
 私はいくつものナイフに串刺しにされても、痛みを一つも感じないし、嬉しくも悲しくも辛くもない。
 夜の繁華街は光をくるくるとまわらせている。なにかが私に音をかけてきている。まるで腐りきった嘔吐物のように、耳へと流れ込んでくる。もう嫌だった。
 どこにいても、気持ちが悪いだけで、私に愛情を注ぎ続けるものはなかった。
 部屋には残された道具がある。満ちていたものが失われ、ただの無機質なものに変わってしまった部屋の中には、私を傷つけ拷問のように数々の苦痛を強いてきた道具たちがあった。私は苦痛を感じて、ご主人様に泣き喚いて許しを請うていながらも、私の体を使ってくれて、私を必要としてくれて、出すぎた感情だとはわかっていながらも、ご主人様の愛情を思って涙していた。
 プレイが終わり、優しく髪を撫でるあの手が、冷たく硬直してもう二度と動くことはない。あの口が私をなじり、けなすこともない。雑巾のように踏みつけにされ、尻が腫れるまでぶたれることもない。拘束され、意識がおかしくなって壊れてしまい、もう正常な意識など戻すことはないのではないかと思うほど陵辱されたりはしない。
 私の生きる意味も、この世界が世界として存在する意味も、すべて私の中からなくなってしまった。私は私でいなければならない理由を、幻を掴んだかのように失ってしまった。
 気がつけば、最初にご主人様に出会った場所に来ていた。海が見える。すべてのぬくもりを奪う冷たい海が。
 一月の日本海はとても寒く、湿った雪を降らせながら荒れていた。
 灯台は荒れた海を照らしている。その下で私はぼんやりと海を眺めていた。
 灯台は魂の行く先を照らすように彼方を一瞬だけ照らし、光を回転させている。まるで生きていた頃の私のように、輝く光を放って、私が行くべき先を示している。その光が今の私には、胸から抜き取られた魂を燃やして輝き、私の魂の眠る場所を照らしているように見えた。
 私は一枚だけ着ていたコートを脱ぎ去り、吹雪の中に素肌をさらす。薄暗い中に少しだけ見える左腕の傷跡を眺める。
 強度のリストカッターだった私を、人間らしい喜びと苦痛に満ちた世界へ連れて行き、私に「生の意味」を教えたのがご主人様だった。
 私の中を掻き乱し、まるで底にある泥を救って水槽の水を荒々しくめくるようだったのに、私の気持ちは澄んでいくばかりだった。
 私は体に残る無数の鞭の痕を自らの手で撫で回した。湿った雪が肌へと打ちつけ、肌の感覚もなくなり、手がかじかんで動かなくなってくる。それでも、「自分が凍えている」とは思わなかった。
 冷たさからか、全身に硬い鳥肌が立ち、乳首がピンと張っている。ご主人様にお仕置きをされていた頃は、千切れるかと思うほどきつく乳首を道具で挟まれ、「痛いです。許してください。もう我慢できない」と泣き喚きながらもメス穴をぐしょぐしょに濡らしていたのに、今はただ凍りつきそうなだけだった。
 私の体はまだ体温があるのか、肌に張り付く雪が溶けて、髪をぬらし、頬を濡らし、くちびるを濡らし、胸を濡らし、腕を濡らし、太股を濡らす。
 太股を伝う水滴が、まるで大きな塊のように感じる。特に内股を伝っていく感触は、自らの欲情の汁やご主人様の愛汁を伝わせるのとは違って、酷く私を不愉快にさせた。私のメス穴の周りにある毛は、ご主人様に剃られてなく、冷たい風が直接メス穴をなぶる。雪が溶けて無機質な水を流すだけで、私の中から流れてくるものは、もう何もない。
 私はギリリとくちびるを噛み、自らの肌を撫でていた手をメス穴へと持っていき、指をメス穴の中へと突きたてようとした。
 しかし、穴は乾ききっていて、指の挿入を頑なに拒んだ。
 それでも無理にねじ込むようにして、二本の指をぐりぐりとねじ込んだ。
 無感覚に近い、空虚な痛みが頭を揺さぶり、吐き気を催した。
 私は誰もいない海へと叫びだした。
「ご主人様!私のはしたなくていやらしくて、喜んでご主人様の肉棒をしゃぶるメス穴はこんなにも乾いています!痛いです。乾いて…痛いんです…ご主人様がいないと、こんなに…なにも…感じない…」
 自分が肉の塊以下のものになったのを強く感じた。
喜びもない、苦痛もない、感じる愛情も、主を祈るような懇願も、肉も心も全てぶつけてはじけるような達成感も、貪欲に求めていきたい疾走感も、痛みからにじみ出る血潮の感涙も、なにひとつなかった。
 灯台の灯火は、魂の抜け殻を燃やして一月の終わりを照らしている。
 くるくると回転しながら、水気を含んだ重い吹雪の花を散らして、私だけに見える空虚な輪郭に縁取られた向こう岸を示していた。



HPメニューへ
プロフィール
ランキング応援してね。

貴美月カムイ

Author:貴美月カムイ
性別:♂

本館URL:





無料コミュニティNOEL






最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
未設定
--位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
未設定
--位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR