小さな駅舎を出たところで、唇をぐっと押し付けられ、頬は触れ合った。
春近い、雪のちらつく日。
私から見れば南の島のような気温の場所から五時間もかけてきてくれた。
「こっちは寒いでしょう。コートなんてもう仕舞い込んでいたのでしょう?」
「いいや。時間が取れたら来れるようにと、ここが寒いうちは仕舞わないよ」
彼の気遣いに嬉しくなって、今度は私から唇を重ねる。
「手、繋ごう」
私が言うと彼が手袋を脱いで手を繋いでくる。
手のあたたかさ。好きな人が側にいてくれるぬくもり。
二人で歩くと荒野も花畑のように感じる。
変わってしまった香りが彼の匂いに包まれていくよう。
途中で寄った花屋で花束を買う。
薔薇の香りが花をくすぐる。彼にぐっと寄り添いたくなる。
気持ちを抑えながら、今すぐ熱い体を抱きたい欲望を飲み込みながら。
崖の上から投げ込まれる花束は海に消えていく。
入り組んで迷宮のように迷い込んだ暗闇の気持ちや、きつく縛り付けられ何が巻きついているのかわからなくなりそうな心に一つ一つ自問自答する。
今私の光は、彼を好きでいるということ。好きでいられるということ。彼の存在そのものに感謝できるということ。彼がそんな私を理解してくれて、好きでいてくれるということ。
誰かから好いてもらえるということが、とても嬉しい。
人一人の存在感が幸せと感じる。
「久しぶりだから、甘えていい?」
指先の微かな擦れ具合すら心地いい。
「俺も甘えに来た」
「ダメ。私が先」
私たちはこれから抱き合う。
深く確かめるように紡ぎ合う。
いずれは私は彼のものになる。
そして生きていくことに、精一杯の幸せを感じていく。
頬に落ちた小さな綿雪は熱で溶けて空に返っていった。
小さな声を発するようにして、柔らかく溶けた。
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