白い息。凍りついた夜空に消える。
男は肩を縮こまらせ、コートの内ポケットから携帯電話を取り出し確認した。
先日の大雪ですっかり街の様子は変わった。イルミネーションも雪で彩られる。通りを幾人も通り過ぎる。時折アイスバーンとなった交差点の路面で滑って転ぶ人もいた。
携帯電話を見ながら転んだ人を遠目にちらりと見て、約束の時間に少し遅れるメールを読み終える。
前に送られてきた写真を画面で確認する。笑顔のロングヘアーの女が写っている。年は二十代前半でも通じるほど若く見える。明らかに大人の落ち着きを払っている男とは年が離れていることが外見から分かる。
男が待ち合わせに指定した場所のすぐ側に通りの席がバラス張りになっているカフェがある。外で待つのは寒すぎると思い、中でコーヒーを飲みながら待つことにした。
男は女性を相手にセックスやカウンセリングを行う特殊な出張業を行っていた。出張ホストと大きく違う点は性専門のカウンセリングがメインであることだっ た。料金も一時間あたり出張料入れずに一万円。前金で出張料のみ。それ以上の料金は終わってから。ただ、事前に何度もメールや音声チャットなどで話し合い などを納得のいくまで重ねていくが、いざ当日会うとなると恐怖して逃げ出す女性も中にはいた。
カップに入れたクリームが、混ざって消えていく。
通りの木々のイルミネーションの中を人が通ると、誰もが輝いているように見えた。
溶けて色を変えたコーヒーのクリーム。今晩また雪が降ってくる予報。忙しい師走。街の人々の吐息。
男は半分ほどコーヒーを飲み終える。時計を見ると約束の時間からは一時間近くも経過しようとしていた。
冷えきったコーヒーに再度口をつけようとした時、着信音が鳴り携帯電話を取る。
メール。約束の女。
「今着きました。遅れてごめんなさい。どちらにいらっしゃいますか?」
見通しがよいガラスの外を探す男。帰宅時間と重なっていて人通りが多い。メールによるとダークブラウンのコートにファーマフラーを着けているという。
しかしこの時期似たような姿の人ばかりで見つけ辛い。
電話をかける。六コールめに出て女の名前を確認すると待ち合わせ場所の向かいにある店の名前を伝える。
「見えますか?」と聞くと「見えました」と店の名前を再度聞いてくるので「そうですそこです。お待ちしております」と電話を切ると、やがて女がガラス越しに見えてくるので手を振った。
男の写真も既に送ってあることから、女は気づく。店内に入ってきて「はじめまして」と深々とお辞儀をするので、すぐに横に座らせた。
「そんな堅苦しい挨拶はいいんですよ。それよりも何か飲みますか?ココアでも飲んで体を温めるとよいですよ」
男は促す。ここからの料金はすべて女性持ち。席に座ってもずっと俯いている。
「今日は思いのほか寒くなりましたね。写真ではロングでしたが髪を束ねると、より美しくなりますね。お会いできて光栄です」
女は俯いたまま黙っている。
「初めてで緊張しているかもしれませんが、貴女の意思を最大限尊重しますので、お気に召しませんことがありましたら、遠慮なく仰ってください」
沈黙。注文したココアが運ばれてくると女は小さく会釈して、また黙る。
「何か、仰い辛いこと、ございましたか?」
ふと顔を上げ「あの……」と意を決して女は口を開き「すいません」と突然謝り出す。
もしキャンセルでも文句は言えない。しかし女が話した内容は注文だった。
今日一日男の名前とは違う名前で呼ばせてほしい、と言う。
快く了承する男の笑顔に、ようやく笑顔が出てくる女。
安心した女は吹っ切れたように明るくなる。
「それじゃあいきましょうか」
女は言葉尻に男とは違う名前で呼び、腕を絡めてくる。 先ほどの消極的な態度とは打って変って明るくなっている。
あたたかな室内から寒い外に出ると縮み上がるような思いの男。「寒いね」と違う名前を呼び、ますます寄り添い腕を絡める女。
「滑るね。転ばないように気をつけて私を守ってね」
嬉しそうに見つめてくる女。イルミネーションの輝きを反射させる瞳の奥は男とは違う人間を見つめている。
「ねえ」と声をかけられる度に女は違う男の名前で呼ぶ。
「服見にいこうよ」
違う名前で呼ばれる度、男には疑問が募る。その名前の主と女との関係。
今は考えて気分を害してもしょうがないと言葉に従い、調子を合わせる。
エスカレーターでも腕を組み、離そうとしない。時折通行する人の邪魔にならぬよう、さりげなくエスコートしながら微笑みを崩さぬ男。
「優しいね。いっつも人のこと思いやってるもんね」
言葉尻に名前を出したとき、ふっと瞳が曇り、思い出に浸った悲しみが映り込む。
「……くんに見てもらいたい服があるんだ」
聞き取れないほどの弱々しい声から、吹っ切ったようにまた明るくなる。
あるブランドのコーナーへと着き「ここだよ」と服を見回し始める。
目当ての服を探していなかった。何着も選び腕に抱え出したので代わりに男が持った。
「あの時の服、やっぱりないね。でもいい。またいっぱいあるものね」
「そうだね」と無難な相槌を打つ。
「ねえ、覚えてる?あの時のこと」
尋ねられて男は迷う。「はい」か「いいえ」か。いや、ここは二人の思い出なのだろうから「はい」の方だと決断し「ああ、覚えているよ」と男は答えた。
もし、じゃあ答えてなどと意地悪を言われたら困り果てていたが、女の方は帳尻を合わせて話を進めた。
「二年前の冬、私が仕事で年末前にして大失敗した時、服でも買おうかって言ってくれたよね。忙しかったのに、あの時本当に嬉しかった。仕事大丈夫って聞いたけど平気なふりして。でもかなり無理したんだよね。師走はどこだろうと忙しいのに。私もそんな暇ないって思ってたけど、強引に誘ってくれて……」
服を選びながら女の話は止まらない。一着、もう一着と男に持たせていく。
「ごめんね。重いよね。だってどれも素敵だから迷っちゃうんだ。仕事のこと忘れて、今日少しだけでもお洒落してみなよって。試着するだけでも楽しかった。着飾る気持ち思い出して、失敗の埋め合わせのことばかり考えて暗い気分になっていたけれど一着だけプレゼントしてくれたよね。一着買ってあげるって言ってくれた時、びっくりして何度もいいの?って聞いたけど、本当に買ってくれて、なんだか申し訳なかったけど、嬉しかった。私のこと、本当に思いやってくれてるんだって。あなたしかいないって気持ちになったんだ。すごい幸せだった」
女は六着ほど男に持たせて試着室へと向かう。「待っててね」と個室のドアを閉める。男は待つ。
しばらくして「どう?」と着替えた女が出てくる。
薔薇のコサージュ(花をモチーフにしたアクセサリー)が胸元に三つついた白のティアード(スカートに向かって生地が段々になっている)フリルワンピースを着てくるりと回る。
「綺麗だよ。もっと見せて。たくさん目に焼き付けたら次を着てもらおうかな」
嬉しがり女はスカートの両裾を持ち上げ中世の婦人のように挨拶をする。
コートを脱げば白い肌が目立つ。足が長く人前に出れば周囲より際立つだろうと男は思った。
「堪能した?」
女が微笑む。男の返事に試着室にまたこもる。しばらくしてチュニックワンピース(緩やかで短めのワンピース)姿で出てくる。上がボーダー柄、スカートが黒になっている。その他着替えていったが普段着というよりドレスに近いものが多かった。三着は確実にパーティー用などに着ていくタイプのドレスで色は白一色だった。
最後に見せてくれたのが背中がバタフライレースになっているフリルスカートの白いドレスだった。
「どれがいい?」
女は最終決断を迫るが男ははぐらかす。
「どれも素敵で決めきれないよ。さっきのピンク色のワンピースもよかったし」
「そう?私は花柄のやつもよかったな」
既に試着だけで一時間近く経とうとしていた。閉店の時間も迫ってきていて、さすがにこれ以上迷ってはいられない気持ちが男に起こったが、彼氏ではない。今日一日の時間を買われているのだ。妙な言動で女の気持ちを阻害することははばかられた。
「何か気に入ったの、一着買ってあげるよ」
男が優しげに言うと女は「本当?嬉しい」とはしゃいだ。
「じゃあ、どれがいい?これ?それともこれ?」
両手に持ってあれこれ示すが五着も他にあるので手に持ちきれない。
「あーん。全部いいな。ねえ、選んでよ」
女は名前を呼びながら「男」の「一番好きなもの着る」と真剣に見つめてきた。
男としては緊張の一瞬。女にとっての最善の選択をしなければならないのだろうが、男は直感的に自分の好みに決めようと思った。
「ちょっと今着ているものの背中見せてくれないかな」
女は背中を見せる。思ったよりもレースが深々と背中に入っていて、後ろから見ると前の印象とは違い大胆だった。
「これが一番セクシー。綺麗に見える。肌が白いから蝶のレースが羽が生えているみたいに肌に馴染んで見える」
男の説明に女も大いに気をよくして「そうなんだ。じゃあこれ」と決める。
会計一万八千八百円。後で料金に計上するためにレシートをもらう。「買ってあげる」とは言ったが情に流されてはいけない。これも商売のうちだった。
レジの横にはホワイトのクリスマスツリーがあり色とりどりの電飾が光を放っていた。それを少しだけ寂しげに見つめる男は「プレゼント用に包装しますか?」と店員に聞かれ「頼みます」と微笑む。
白い箱に赤いリボンが十字に飾り付けされる。
「はい。プレゼント」
渡すと女は「嬉しい。本当にありがとう」と本当にプレゼントされたように喜んでいる。
男は契約内容を女が勘違いしていないか、やや心配になった。
この商売では埋めようとしても埋められない溝が相手との間にある。先ほど買った女の荷物を持ちながら今日ほど実感することはなかった。違う「男」を演じて時間を過ごすことは初めてのケースで男も戸惑っていた。
どうすべきか。自分のペースに引き込んでいいのか。女が抱く「男」のイメージを邪魔しないようにするべきか。
外はより冷え込んでいた。粉雪が舞っている。
道路に落ちた粉雪を車が粉塵のように巻き上げる。
先ほど「着替えてから行こうか?」と男は言ったが、「いい。値札だけ切って」と店員に指示していた。
腕をきつく組む女。
「男」の名前を呼ぶ。違う「名前」にも慣れてきた男。
「なに?」と答えると「やっぱり服、私が持ちたい」と荷物を大事そうに持った。
荷物を持ちながら腕を組むので「重くないかい?」と心配する。
「大丈夫」と見つめ返してくる。
外見は誰が見ても付き合っているカップル。しかし明日には別れる他人同士。
カウンセリングのことを忘れているわけではない。ただ、今はこの状態を崩してしまうことが女の傷を抉ることになるのではないかという恐れが拭えない。無闇に野暮なことはこの状況では聞けない。聞けず仕舞いになってしまうかもしれない。
それでも、いいか。
無理に傷を知ることだけが心を癒すことではないと知っていた。
女は白い息を口を細め長く吐く。粉雪に当たる。
きっと吹きかけただけで溶けて消えるほどの小さな粉雪。
白い息が消えた後、見失ってしまうほどの粉雪。
「どこか、飲みにいこうか」
「うん」と「男」の名前を呼ぶ女。
より強く引き寄せるように腕をきつく抱いてくる。
店に入るとカウンター席に二人は座る。
「やっぱりドレスにしてくればよかったかな」
「どうして?」と男が聞くと「カウンターの奥の席」と小さな声の女。
女が言った場所には真紅のドレスの女がいた。胸の中央がダイヤの形に開いていて、恐らく背中もほとんどないかもしれない、と男は思った。夜の商売をしている臭いがする。
赤のルージュが物憂げに開き、ゆっくりとした動作でタバコに火をつける。
「もう、見すぎだよ」
女が少しすねる。
「ごめんね」と髪をさりげなく撫でると「あっ」と小さく声を上げた。
少し頬を染めている。
女の洋服も悪くないことを告げると、「ありがとう」と赤くさせたまま言った。
カシュクールワンピース(着物の裾のようにゆったりと前で布を重ね合わせたような服)が鎖骨から首筋までを浮き上がらせている。
厚ぼったいコートを脱いでうなじの見える洋服姿で隣に座られると、樹氷を垂らしたようなシルバーのピアスも目立ってくる。
微かな女の香りが男の心をくすぐった。
男のカクテルはマティーニ、女は春の名残り雪。
春の名残り雪はライムや乳酸飲料が入った後味のさっぱりしたカクテル。
透明より少し濁ったマティーニに、薄く青みがかった春の名残り雪。
薄い氷と薄明かりに照らされた雪がテーブルの上にある。
「春の名残り雪か。名前だけ聞くと季節としてはまだ早いカクテルだね。綺麗な色している」
女はしばらく黙ってカクテルを見つめていた。
「そう。でも、ぴったりかも。こんなにうっすらと青くて、冷たくて、美しくて、酔ってしまう。だから、今の私にぴったり」
男には女が一瞬だけ素に戻った気がした。
グラスに口をつけ、半分だけ飲み干す。
女がカウンターの上で指を少しだけ絡める。
「この後、ホテルに行くんでしょう?」
「もし、よろしければ」
女は少し怯えていた。指が微かに震えている。
男はそっと握り返す。女も絡められた指に力を入れる。
「行きます。行きたいです」
思い詰めたように一瞬うつむく。「男」の名前を呼び、決心したように見つめる。
「お願い、抱いて」
女の瞳を覗き込むと瞳がうっすら濡れている。
少なくとも官能への期待を讃えた潤みではないことを男はわかっていた。
「喜んで」
男は指を絡めたまま見つめ返す。
店を出ると腕ではなく手を握る女。
手袋もつけずに握るので男は女の手をコートのポケットの中へと入れて温めた。
「男」の名前を何度も呼んできた女。しかしこれから抱かれるのは、女が擬似的に見ていた「男」ではない。震える気持ちもよくわかる、と男は思った。
ホテルの部屋のドアが閉まると女を優しく抱きしめる。
雪で少し濡れた頭をなで、背中をさする。
コートを脱ぎ、広々とした部屋の中へ入る。
ベッドを目の前にすると、男は少しだけ緊張する。
「先に、シャワー浴びてきてもらえませんか」
女の言う通り先にシャワーを浴び、女が浴び終わるのを待つ男。
手荷物をほとんど持っていったのが気になった。ドレスの箱もない。
バスローブで待つのも露骨すぎるかもしれないと思い今回ばかりは元通りのスーツで待つ。あれだけ震えていたのだ。心変わりすることもあるだろうと思った。
結果的には正解だった。
バスルームから出てきた女はドレスに着替えていた。白いドレスを身にまとい、うつむきながらゆっくりと男へ近づく。
男は椅子から立ち上がり女の手をとる。
「初夜みたいに……」
と女は小さくつぶやく。
「結婚初夜?」
聞き返すと「そう。結婚初夜みたいに、抱いてほしい」とうつむいたまま言った。
弱々しく震える女。
「わかった」
と男は手を握った。
「ありがとう」
そうわずかにほほえむ女へ腕を差し出すと、手が添えられた。
ゆっくりとベッドまで進んでいく二人。
焦らず、一歩一歩進んでいく。
ベッドの前まで進んでいく。
男が唇へ優しくキスをすると涙がすっとこぼれた。
抱きしめ背中を両手でさすりながらベッドへと座らせていく。
少しずつ女の小さな震えが消えていく。
キスを繰り返し、舌で唇を割り、中へと絡めていく。
「んっ……」
小さな声とともに吐息を漏らす。
最初驚いたように舌が奥へと引いたが、やがて舌先から確かめるようにして絡め返す。
口元から漏れる吐息が激しくなってくる。
舌を吸い込みながら男は口を離す。
「落ち着いたかい?」
髪をなでると女はうなづき「ありがとう」と「男」の名前を呼び、礼を言った。
男はドレスを見つめる。
「ドレス着たままでしたいな。脱がすのがもったいないくらい」
女はそれを聞いて「ふふ」と笑った。
「エッチ。でもいいよ。私もお願いしていい?」
「どんなことでもどうぞ」
少しずつ二人の緊張は消えていっている。
「舐めたいの……」
男はうなづき寝そべると、女がベルトを外しズボンを下ろす。
盛り上がった下着に指を添えてさする。
「男」の名前を呼び、「愛してる」とつぶやく。
「俺も愛しているよ」と返す。
「うん。愛してる。心から愛してる。私たち結婚したんだよね。ようやく。本当に嬉しい。ずっとこの日を夢見てた。ずっとずっと……」
女は男の膨らみに頬ずりをする。下着を脱がせ出てきた雄肉を手で持ち、竿の横から舐め上げ始める。
背中のバタフライレースが時折見え隠れする。女は先端を口に含み雄肉の傘の周囲を口内で舐め回している。
男の肉は飴のように溶けて、女の舌の刺激で石のように硬くなる。
心の中で必死に「男」のことを思い浮かべながら女は舐める。少しずつ口を落とし込み、深く咥えては出す。
決して激しくはしない。焦らすように、ショートケーキの苺が傾かないくらいの優しさで舌をはわせている。
官能の刺戟としては物足りなさを感じるほどだったが、女の想いを思うと心に響いてくるものがあった。
「俺も、舐めていいかな」
女の髪をなでながら聞くと頬を染めてうなづいた。
「お尻、こっちに向けてよ」
「ええ?」
女は顔をより赤くさせながら驚いていたが、やがて決心したように「新婚初夜だもんね」とほほえみながらストッキングと下着を脱いでいった。
女のお尻が男に向けられる。女は目の前の雄肉へ続きをしようと口をつける。
男は目の前のスカートをめくる。炊き上がった米のようなつやつやとしたお尻が目の前に現れる。お尻の肉を両手で割ると、ピンク色の綺麗なラビアが見える。生娘のように美しい花が咲いていた。
男は舌先でラビアを舐めあげると、女は跳ねたように「あっ!」と声をあげて雄肉から口を離した。
再度女は続けようとするが男の舌が何度もラビアを往復するたびに声をあげて握ったままの雄肉を口の中に入れられないでいた。
ラビアがやがてぬめりを帯びてくると男は舌をより割れ目へと食い込ませる。
女は腰の力が抜け勝手に官能のよろめきを得たように震え、熱く蜜が垂れてくるのがわかった。男の舌の優しげな動きに「名前」を呼ぶ。喘ぎながら「いい。いいの」と声をあげるが、物足りなさに自ら腰を男の顔へ押し付けてしまうほど刺激を求めたくなってきていた。
積極的に求めたいが燃えるほどの恥ずかしさも込み上げてくる。自らラビアを押し付けている自分に気がつきながらも男がより積極的になるのを心の中では熱望していた。
男の口がラビアの奥に潜む肉芽を勢いよく吸い上げ、舌先で転がすと、転げ落ちるような悦楽が腰骨から砂塵をあげて走るようで、女ははしたなく声をあげてよがった。
「あ、あ、ああああああああ」
震えたよがり声を叫ぶ女の頭は脳が溶けてラビアから漏れでているのではないかと思うほど白くなってきていた。もっと欲しい。もっと。足りない。足りない。そんな思いが次々と溢れ出てきて蜜を垂らせ、男の顔を濡らせた。体はもう理性を失っていたが口走る恥じらいが最後の抵抗をしていた。男が執拗に肉芽を摘んでしまうほどに吸い上げると女の肉欲は内から流れ出す。
「欲しい。お願い、欲しい」
ついに女の理性が崩れ去り口走る。
男はドレスを着せたまま上に乗せる。女は雄肉を持ちながら入り口に当ててゆっくりと落とし込む。肉を割いて激しく蛇行し走り昇る官能の咆哮が体をのたうちまわるようで鳥肌を立たせた。雄肉がきつく中を圧迫して苦しいほどだったが、今の女にとってはそれが痺れるほどよかった。
「ああっ!いいの!いいの!」
没頭したように腰を振り出す女。白いドレスのスカートの奥では淫らな営みが粘液を絡めて繰り返されている。「男」の名前を狂ったように呼び出す。
愛してる。大好き。ずっと一緒。繰り返し放たれる言葉は喘ぎ声とまじり叫び声になる。
蜜がどろりと溢れだしスカートの奥で水を叩くような音をならせている。腰を打ち付けるたびに男の肉は女の肉体という容器をえぐり、ラビアから掻き出していくようだった。男の肉で体中がいっぱいになる。女は「男」の名前を連呼しながら叫ぶ。
「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してるのっ!」
白いドレスの女は淫らに腰を振り、愛液を吐き出しながら男の肉を貪る。女の動きの激しさに男は限界を感じ始め告げる。
「ああ、私も、私も逝きそうなの。一緒に、一緒に逝こう。お願い、中にいっぱい出して。いっぱいにして」
腰の動きに合わせ、男の突き上げが激しくなると、突き上げられるたびに気を失いそうになった。体中が激しくざわめいて自分の声すら遠くなっていく。遠くで「逝く、逝く、逝くう」と口走っているのが聞こえた。ざわめいた肌が一斉に揺れ動き悦楽が走る。体の中が勝手に跳ね回り果てた感触がうねる。精液の感触が腹に広がり雄肉を絞り上げるのがわかる。
何も考えられなくなるほど白く果てた。
入れたまま男の胸に倒れこむ女はしばらく息を切らしていた。
薄目を開けて見える世界。
男の鼓動が聞こえる。
ここは、どこかの部屋。
抜け殻のような女。
息をすることを止めたらこのまま死んでしまうのではないかと女は思った。
胸へ耳をすます。血の流れる音が聞こえる。
大きく深呼吸をして息を整え、男の顔を見つめる。
「男」の顔ではない。依頼を頼んだ男の顔が見える。
腹の奥底から込み上げてくるものがあり、嗚咽する。泣き叫び、子供のように大粒の涙を流しつづける。男の腕に抱かれ、男の肉を入れたまま。目が赤く腫れ上がるほど泣きじゃくる。溜め込んだものをすべて出し尽くすほど泣き続けた。
どれほど泣きつづけたのかわからない。男の肌に塩の結晶ができるのではないかというほど泣いた。
女は男の顔を見る。
「ありがとう」と初めて男の名前を呼んだ。
男は何も言わずほほえむ。ずっと入れたままで泣きじゃくっていたのに、まだ男の肉は硬さを保っていた。
「すごい」と女はようやく笑う。
「何が?」と聞くと「まだ硬いんだもん」とキスをした。
「ねえ、もう一度、いい?今度はちゃんとしたい」
女の言葉に「もちろん喜んで」と応じる男。
ドレスを脱ぎ、真珠色の肌を晒す。
「また、上に乗っていい?」
女の言葉に「ああ」と返事をする。
再度またがり「きつくて、いいの。今は隙間なく埋まるほどのこれがいい」と言いながら腰を落とす。
露になった乳房を揉まれながら腰を突き上げられると「ああ、きついい。奥に、あ、あたるうん」ととろけた声を上げる。
乳首が感じて盛り上がってくる。
「もっと、強く握って」と喘ぎ混じりに言うと潰されるほどに強く握られ、膣が締まるのがわかった。痛いほどの刺激が今は欲しかった。
乳房を痛いほど揉まれながら激しく腰を振る。中に詰まっている精液が音を立ててかき回される。メレンゲになるのではないかと思うほど腰を回しながら振る。
大きな筒で体の奥を叩かれるような快感。出てくる喘ぎ声も、気持ちが軽くなったせいか出すごとに大きくなり気持ちよくなってくる。
「ああ、違う。さっきとは全然違うの」
息を切らし、伸びやかに喘ぐ。
「はあううん」と深呼吸でもするかのように喘ぐ。
苦しい。でも、すっきりしたように気分がいい。爽快に快楽が走っている。
男に背を支えられたまま倒される。「え?」と少し驚きながらも今度は正常位で突かれる。男の肉が走る、走る、走る。強く抱きつき男の耳元で大きく喘ぐ。また来るのがわかる。果てるのも近い。
男の腰がより激しくなる。
「そんなにしたら、もう、ああ、ダメ、ああああん!」
体中が一瞬だけ硬化して溶けて広がる。また白くなり果てていく。男も同時に果てたようだった。溶けて垂れたような、あたたかな雫が一滴胸に落ちて滲んでいくようだった。
あっという間の夜。
身支度を整えて二人は部屋を出る。
買ったばかりのドレスをしわくちゃになったシーツの上に広げて置く。
「いいのかい?」
男の問いにやわらかな微笑みをたたえる。。
「いいの。もう、全部この部屋に置いていける。この部屋を出たら、もう前の私はどこにもいない。だから、全部ここに置いていく。この部屋を同じ気持ちで開けることは、もう、二度とないから」
女の決心に「わかった」と男は微笑み返した。
「これ。もし少なかったら言ってください」
女は封筒を手渡す。手に取ると厚みがあり、重い。十万二十万ではないだろう。
「こんなに……」
「いいんです。会えてよかった。本当に。だから、いいんです」
「ありがとう」
男は女のこれからの幸せを心に念じながら封筒を内ポケットにしまった。
ホテルを出ると人通りはもうまばらだった。
一度だけ強く息を吐いて吸い込む女。
「よし!」と言って「じゃあ、ここで。私行きます」と男に頭を下げた。
「ああ。元気で」
言葉少なめに別れる。
タクシーに乗り込みテールライトの赤が曲がって見えなくなるまで見ていた。
晴れ渡った冬の夜空には手の届くほど近い星が街の光に負けじと輝き灯っていた。
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