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恋は革命 ~2012年バレンタインデー企画~

 ポストを見ると車検の案内が届いていた。否が応にもバレンタインデーを思い出させる不快な気分を陽平は味わった。
 世はバレンタインデーだと浮かれる風潮にも苛立ちを隠せない。
 それもこれも二十年前の学生時代に記憶は遡る。「バレンタインデー」という言葉が記憶を引き戻す。
 学生時代付き合っていた女がいた。今思い出すと青春時代の恋は今よりも無知な分、懸命になれた気がした。
 今は経験をした分、恋に臆病になってしまったような気がする。どうしてあれだけ真っ直ぐになれたのか不思議に思うほどで、勇気と無謀の判別がつかないほどだった。純粋に恋ができた。
 かといって今ものを少し知って年を取り、賢くなっているかと言ったら疑問だ。それは「賢く恋をする」などという命題が成り立つのか、という考えが浮かぶからだった。考えて恋をするものでもなく、ドラマに出てくる紳士のようにうまく恋が訪れて自分なりに組み立てて恋を運んでいけるわけでもない。現実は淡々と過ぎていくものだ。
 頭の中で考えがまとまらず余計に苛立つ。車検のためにまたお金が少なくなり趣味のものを少し我慢しなくてはいけなくなることにも不愉快な気持ちを覚えた。
「それもこれも」と晩酌をしながら思い出したくないことを思い出す。学生時代のトラウマを。トラウマの元凶となった元彼女を。

 大学に入ってすぐにできた彼女がいた。
 お互い三年ほど付き合っていて、多少の喧嘩はあったにしろ特に問題はないと思っていた。
 バレンタインデーも二度過ごし、何度となく体の関係も結んだ。それがクリスマス辺りからおかしくなり「バイトで忙しいから」とデートも断られるようになった。
 そして「おかしい」と思い出した一月を過ごし、バレンタインデーにようやく都合がついたかと出会ったら唐突に「私、今付き合ってる人いるんだ」とわけのわからないことを告白された。
「は? お前何それ。付き合ってるの俺じゃないの?」彼女はつまらなそうに視線を外した。
 心臓は既にブリキの中で音を立てて外れそうな錆びた鉄屑のように軋んでいる。
 彼女は冷酷だった。
「もう別れようよ。私好きな人できたから。もう新しい彼と付き合ってるから」
 陽平は怒り狂いそうだった。言うことだけ言って去ろうとする彼女の肩を強く掴んで怒鳴り散らした。泣きそうなほどに怒り狂った。
 彼女は陽平の変貌に泣きわめき「もうやだ。だから嫌いなの!」と逆に攻め寄ってきた。
 陽平は言葉を失う。
「だから嫌いって……」
 信じられないような理不尽な言葉を次々にぶつけてくる。あまりにも勝手でひどすぎる。こんな人間と付き合っていたのかと誰を恨んでいいのかわからなくなっていた。
 周囲には人がいる。通り過ぎる人たちの視線が痛かった。
 何せ街中に呼び出され立ち話ですまされたのだから。
 その時は「もういいでしょ。さよなら」と一言も言えない陽平を置いて消えるように去っていった。
 それからは失意のあまり、しばらく立ち直ることができなかった。人間不信にもなった。
 就職活動にも影を落としそうになり、ことあるごとにトラウマを与えた元彼女を憎んだ。
 危うく人生のすべてがあの日によって狂いかねなかったのだ。

 それだけの思い出があり、かつ車検の日にも重なるバレンタインデーは憎むべきものでもあった。車検当日、事前に書類手続きをした車を預ける。
 俺にはチョコなど関係ない。何がバレンタインデーだ。
 心に渦巻く不快感を忘れようと努める。
 去ろうとする陽平は視界の影に入った女性を二度見した。車検場で「よろしくお願いします」とスタッフに頭を下げる女性の姿に陽平は釘付けになった。
 ふわっと舞う髪をかき上げ振り向く姿は、まるで輝いているように見えた。思わず「あっ」と声をあげる。
 よく小説で書かれる「雷に打たれるような」とはこのことかと感じた。
 脳天を直撃する衝撃の後、心臓を鷲掴みにされる。
「え?」と女性が気がつくと「お、あ、ああ」としどろもどろになりながらも瞳が潤んでくる。体が勝手に感動を覚えていたのだった。女神を目の前にしているような神々しさを感じていた。女性は近づいてくる。
「どちらかでお会いいたしましたか? もし私の方が忘れているような失礼があったのならお許しください」と恭しく指を揃えて頭を下げる。
 陽平はすっかり恐縮してしまい、自己紹介を始め、これが初対面であることと、一目惚れをしたであろうことを素直に伝えた。一目見ただけで釘付けになったと。
 女性は口元に手をあてて「うふふ」と上品に笑う。
「おもしろい御方。もしお時間あるのでしたら、この後お食事でもいかがですか?」
 内心「嘘だろ」と陽平は思っていた。こんなにうまく物事が運ぶのか、しかしここで引き下がっては男がすたる。
「は、はい! 私にお任せください!」大きく出た。
「私からお誘いしたのですから」とタクシーで移動した場所は高級ホテルだった。
 ビジネスマンが利用するようなホテルとは違い名前だけでも有名な格式高いホテルだ。
 いきなり昼食でこんなところに来ることなど頻繁にあることではない。恐縮しながら女性の後をついていく。
 エレベーターがどんどん上がっていき、レストランがある階を過ぎていく。
 どこへ行くのだろうと思っていると最上階のスイートルームへと入っていく。
「え? ここでですか?」と驚きながら言うと「そうですよ? お嫌いでしたか?」と広々とした部屋に通されて言われると首を横に振れなかった。
 何がどうなっているのだろうと混乱しそうだった。陽平が考えていたものとはスケールが違いすぎた。
 部屋の中に食事が運び込まれる前も何一つ気まずい思いをすることなく会話は進んでいく。それだけ女性の会話の運びかたが柔らかでうまかった。教養があり人を飽きさせない話題の豊富さがある。
 完全に陽平は女性の虜になっていた。食事中に突然「俺、あなたのこと生涯愛したいと思います。あなたをお守りするナイトになります!」と宣言した。
 初対面でとか、あまり相手のことを知らないとか、そんなことはとても細かなことに思えた。大事なのは自分が目の前の女性を運命の人だと思ったことだった。
 これは生涯に一度の出会いに違いない。俺はこの人に恋をするために生まれたのだ。
 心の中で一片も疑いようのない気持ちが完全に陽平を取り巻いているのがわかった。
 接しているだけで呼吸がふるえる。これが本物の恋だ。俺は今まで何をしていたのだ。本物の気持ちの前には陳腐な考えは無力なのだ。
 始終圧倒されっぱなしの陽平に食事のすんだ彼女は言う。
「私のこと、抱きたいですか?」
「も、もちろん。あなたをこの胸に抱きしめ慈しみ愛することができたのなら、世界の神々を敵に回しても後悔しないほどです!」
 恋は人を詩人にする。いつもは絶対口にしない言葉もすらすら出てきた。彼女の言葉がいかに突拍子もないことであるか意に介す余裕など高揚感で消し飛んでいた。
「いらして」とベッドルームに案内される。
 彼女は陽平に背を向けながら服を一枚一枚散らしていく。艶やかな後ろ姿に息を飲む。
 背中越しに視線を向けてくる姿がなめらかな捻り曲線を描いて官能の汁を滴らせている。
「い、いいのですか?」と聞くと「お互い抱き合わないとわからないことがたくさんあるでしょう?」と微笑みながら答えた。
 下着しかつけていない彼女の姿に息が乱れてくる。
「あとはあなたが脱がしてください。女からどう下着を取り去っていくかも、人なりが表れますから。お好きになさってかまいませんよ」
 彼女の言葉に一瞬にして緊張が走る。女性から下着を取るときに手が震えるのは生まれて初めてだった。
 苦労したことのないブラジャーのホックが手が震えてうまく外せない。
 情けない、しっかりしろと心の中で叱咤激励した。一生に一度の恋、お前の掴んだ一生分の幸運を無駄にするな。
 何度も心の中で奮い立たせながら、ようやくブラジャーを外していく。彼女は試すように静かにしていた。
 手を回せば膨よかな胸があることはわかっていた。しかしここで急ぐわけにはいかない。相手だって緊張しているはずだ。紳士であろうと少しだけ自制的な言葉が浮かんでくる。
 心の中ではわかっていても、しかし陽平のいつもの調子ではない。どんどん興奮してきて息が乱れてくる。股間は痛いほど膨張しきっているのだ。極上の女神を前にした飢えた狼。
 我慢しきれなくなり「もうダメだ」と素直に口に出した途端、優しくすることなどどうでもよくなった。
 一気にベッドに押し倒し桃のような胸を強く揉みしだき、果汁をほとばしらせるようにかぶりついた。陽平には野獣の高揚感があった。彼女は驚いて拒否することもなく少しずつ声を上げる。
「そう。そうよ。お好きになさって」
 言われるまでもなく陽平は彼女の整った体を舐め回す。乳首を強くつまみ、吸引する。硬くなり盛り上がってくる突起を見ると渇望は高まってくる。
 すぐにでも股間の硬くなったものを入れて自分のものとしたい。ショーツを剥ぎ取り足を開かせ音を立てて吸う。
 既に洪水となっていた彼女のそこは美しく濡れ輝いていた。
 「綺麗だ」思わず声に出す。
「すぐにでも入りますわよ。搾り取ってさしあげますわ」
 陽平は大空に雄叫びを上げるかのように一気に彼女の奥へと突き入れた。最初すんなり入ったかと思った。しかしすぐにきつくなり、突き入れるごとに締め付けられるように女の肉が絡んできた。引き抜こうとするときに吸引されているような感触がある。
「こ、これは、すすす、凄い。こんなの味わったことがない」
 彼女は不敵な笑みを浮かべ「お気に召したかしら」と余裕さを見せた。少し悔しくなった。
 なんとしても彼女の顔を快感で歪ませてやりたい。そんな支配欲が湧き上がってくる。
 彼女は既に音がなるほど大洪水となっていたが陽平の肉は彼女の中で揉みしごかれているような快感に包まれていて、だんだんと余裕がなくなってくる。短距離を全力で走っているように息が切れてくる。
「ああ、ダメだ。もう逝ってしまう」
 すると彼女は微笑みながら「すべて私の中にお出しになって。吐き出してかまわないのですよ」と言い、極限まできた陽平の肉をきつく締め上げてとどめをさした。
 陽平の肉の先から一度勢いよく漏れ出すと止まらずに何度も出てきた。声を上げながら出す陽平。
 出している間、本当に光に包まれていた。目の前が白くなり、天井の雲間へと連れていかれるような気持ちになっていた。
 女神に抱かれていくとはこのことかと恍惚の表情で虚空を見ていた。
 彼女の膨よかな胸に倒れこみ、抱かれる。男気を示したことなどすっかり忘れて子供のような気持ちで柔らかさに包まれていた。

 外には既に街の光が散りばめられていた。
 水を一杯飲んで気持ちを落ち着かせ「あなたのような人に出会ったのは本当に初めてです。私にとって最高の、いえ、きっとこの地球上で最上の女です。私はあなたの前では赤子同然かもしれません。でも決めました。私はあなたを生涯愛すると」と臆面もなく宣言した。
 考えなくても口から自然と言葉が出てくる。言っても言い足りないほど。
 彼女は優しい微笑みを、なおもたたえている。その余裕の笑みが尊くもあり、手の届かないものを示しているようでもあり、自分がまったく彼女の気持ちへと影響を与えていないだろうことが感じ取れ、少し悔しかった。
「また会ってくれますか?」
 彼女は「ぜひ。獣の共演に遠慮があっては白けてしまいますものね。今度会った時はなお高めさせてください」意味深な言葉を放った。
 最上の体験をするとトラウマが小さなものになっていた。バレンタインデーという日が、また塗り変わっていきそうだ。
 ホテルの出口で陽平は夜空を見上げた。高揚感のまま拳を突き上げる。今回はすべて彼女の配慮に甘えてしまった自分にも悔し思いが募った。陽平は心にしっかりと誓った。
 きっと彼女を自分のものにしてみせる。彼女を上回る大きな男になってやる。俺は決めたぞ。そして今日の分を何百倍にして彼女を圧倒させ惚れさせてやる。
 決意の日となったバレンタインデー。惚れ込むほどのいい女は、男を強く前進させる。
 月の横に握られる拳には精も根も込めた全身の力が入っていた。


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